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「今年も桃がとれたぞ!」 と連絡をもらいイソイソと訪ねて行ったら、 “桃のお父さん” は、腰にがっちりサポーターをはめ、椅子に固着したように座っていた。

数年前、桃畑から転がり落ちて腰を痛めて以来、無理がたたったのか、つい最近圧迫骨折をしたらしい。

少しでも身動きすると痛みが走るのだろう、血の気のない青白い顔でまっすぐ前を見ているだけだった。
 

もう10数年前になるだろうか。

私が勤めていたところに、定年後の再就職で用務員として採用されてきた。

ある日玄関先で掃除をしていたとき、訪ねてきた外国人研究者に、堂々と英語で訪問先の部屋の場所を説明していた。

その姿があまりにも格好良く、「いよっ!ニッポン男児!!」と思わず掛け声をかけたくなるほど。

聞けば、以前は自衛隊のパイロットをしていたことがあるとのこと。

そんな話をするうちに、自宅や畑に遊びに行くようになり。

春になれば、あたり一面桃源郷となる桃の山で、お弁当を広げピクニックをしたり。

私の着物ショーを見にきてくださったり。

長い交流が続いている。

 

“桃のお母さん” が、「待っとったんよ~」と私をぐいぐいお父さんのところへ連れていく。

身体の自由が効かなくなって、どうやら気難しさに難儀していたらしい。
 

初めは私を見ても、というか目だけちらっとこっちを見るくらいで、ぶすっとした顔でテレビの高校野球地区大会のほうばかりみている。

そのうち女同士の賑やかな話が花を開きだすと、ちょっと耳を傾けているような・・・。

聞いているはずなのに、態度はそっけない。
 

だが、児島帯の話になったとき、着物を着ることもないのに、驚くほど身を乗り出してきた。

何か新しいことを始めている・・・もともと好奇心の強い性格だから、興味が沸いたらしい。

新しい着物の着方や、今までの帯の概念とは違うものを提案しようとしていることを伝えると、質問まで飛び出してきた。

こっちも、毎日どこかで、「こんなことしたいんだー」と話しまくっているので、聞いて聞いてと言わんばかりに質疑応答に。

 

帰る頃には、お父さんの頬が、桃のように赤みをさしていた。

さらに驚いたことに、椅子から唸りながらも必死に立ち上がり、玄関の外まで見送ってくれた。

 

手を振るお父さんは、いつものきりっとしながらも優しい表情になっていた。

 

次は児島帯の完成品を持って、また来るね。

そのときは・・・ブドウ、よろしくね(笑)