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早朝の祇園。
ホテルのある一室には「お化け」がたくさん集合していた。
私も2時間半かけて支度をしていただく。
 
さあ、一日だけのお化け芸妓 “末七(すえしち)”の出来上がり!

 
お化けとは、平安時代のころの町衆文化。
旧暦で元日にあたる立春から恵方が変わると言われていた。
前日の節分は、神様が大移動する日。
そんな隙間を狙って地獄から魑魅魍魎が出てくる。
それらに取りつかれないように、いつもの自分とは違うものに化けた、というもの。
 

昨年11月、二名の大夫を岡山にお招きし「本物の太夫と過ごす夕べ」を開催したご縁で、この歴史ある行事に参加させていただいた。
太夫から、“真のおもてなしとは何か”を、まだまだ勉強させてもらいたかったから。
 

お化けは京都でも忘れ去られた風習だったようで、始めたころはそれは奇異な目で見られたという。
お化けは福の神。
出会ったらラッキー。福豆を授けてもらう。
お化けになっている側も、出会う側もニコニコ。
お互いさまの精神が、その笑顔にみられる。
 
今は太夫の取り組みのおかげで、駆け寄ってくる人もいて、それは楽しいパレードとなった。
 

節分の京都は、神社仏閣でそれぞれの行事をしており大賑わい。
そこにお化けご一行が入ると、本当に正月のような賑わいとなり、「一年を無事過ごせますように」との祈りの文化があることを、肌で感じた。
 

また、「太夫」と聞くと、豪華な衣装に身を包み、お姫様のようにかしこまっているように思うかもしれない。
かつて正五位の官位を授けられていた宮中文化の存在。
こういった町衆文化とは違った中にいる。
 

が、本日の太夫はバスガイド、カメラマン、行く先々でのお接待の準備、町で出会う人に配る福豆を1つずつ丁寧に紙で包んだものを、相当数用意くださっていた。
 

そして、福豆と一緒に配ってくださいと渡されたプリントには。
お化けの由来が書かれていた。
町衆文化を残すため、理解いただけるよう切々と訴えた内容だった。
それを参加者一人びとりへ渡す量は・・・相当準備に時間をかけているのがよくわかった。
 

その真剣さの中に、はっと気づかされたことがある。
 
 
文化は、意識をしないと残らない、ということ。
 
 

カタチあるものは、欠けても何かしら物が残るが、文化はそれぞれの思い出や記憶の中にあるもの。もしくは生活の中にあるもの。
誰かに伝えなくては、消えてなくなってしまうもの。
 

でもなぜ残さなければならないか。
 

芸に秀で、芸で暮らす太夫には、誰よりもわかっていらっしゃることがあると思った。
 
 

衣食住だけでは人は本当の意味では豊かにならない。
文化が人の心を豊かにする。
 
 

太夫は、約20年前からこの町衆文化の復活に取り組んでいらっしゃる。
そこにも、私が学びたい太夫の「姿勢」を見せていただけると感じていた。
 

宮中文化、町衆文化とかいうこだわりではなく、残さなければならないものだから、自らが立ち上がって残す。
文化への熱い想いが、一日中私を温かく包んでくれた。

 
 

「やっこはらいまひょ~」
柔らかな京都弁が、夜の祇園に響く。

 
皆さんの厄を払いながら、皆さんの幸せを願いながら、お化け芸妓末七の一日は終わった。
 
 
ちなみに。末七の名の由来は。
司太夫、葵太夫の置屋「末廣屋(すえひろや)」の末と。
七都子の七をとって。
愉しんでつけた一日だけのスペシャルネーム。
 
結構気に入った。

また、お化けになって皆さんの幸せを祈ろう。