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災害とは、突然来るものだと思っていた。

例えば擬音語にすると。

どさーっとか、ばさーっとか、だだだーっとか。

不意打ちを食らったように降りかかってくるもの、だと勝手に思っていた。
 

今回、岡山県は過去に例のないほどの大雨に襲われた。

甚大な被害がでた。今も救出を待っているかたがいる。
 

我が家の周りの用水路も、時間とともにどんどん水位を増した。

あっという間に溢れ、道路と用水路の区別がつかなくなった。

でもそこまでは、過去二回ほど経験している。

だから、今までくらいの水位で止まるだろう・・・そんなふうに楽観的に思っていた。

しかし今回は、ゆっくりゆっくり・・・まだまだ、そしてどんどん水位を上げ続けた。
 

台風のような風もなく、バケツをひっくり返したような豪雨でもなく、様子を見にふつうに外に出られる程度の雨なのに。

そして、気がつけば、「あれ?あそこのマンホールが見えなくなっているわ」「用水路の柵の一番下が・・・水没してる」

じわじわ、じわじわと水位が上がっている。
 

エアコンの室外機の高さにまで来たとき、さすがに焦った。

このままいけば、床下浸水・・・。そのあとは・・・。
 

「真綿で首を絞める」とは、こんなことを言うのかな・・・などと、そんな状態でもまだぼんやり水を見ていた。

自身が災害に遭う一歩手前にいることに、なかなか気づかない愚かな自分。

すでに車を動かせる水位は完全に超えている。

避難所の中学校に行くのに、水の中を歩くのも怖い。

だいたい、何を持っていくの?何も持って行っちゃいけないの?

何もわかっていない愚かな自分。
 

水は、やがて明け方からゆっくりと引きはじめ、大量の泥と水草とごみを路上に残し、静かに立ち去って行った。
 
 

昨日から家の真上を、ひっきりなしにヘリコプターが飛んでいる。

救助に向かい、搬送を繰り返している。

一日中響き続けるローター音は、愚かな私を諭すお説教のように聞こえた。
 
 

今回の被害について、〇〇大水害とか、そのうち名前がついてニュースで呼ばれるようになるのか。

私の実家をぺしゃんこにした地震が、「阪神淡路大震災」と名付けられたように。

その名を耳にするたびに胸がぎゅーっと痛くなる、そんな思いをする人が増えることが、今は悲しい。