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さあこれから本番、合唱団全員そろって最後の音出し、というとき、合唱指導の堀先生は、なんと、モーツァルトのようなカツラを被って現れた。
 
20歳になった自分への記念に、と歌い始めた第九。今も歌い続けているのは、ベートーヴェンのこの曲に対する思いが、まだまだ、まだまだ理解できないから。
今の時代、ベートーヴェンご本人に会って、ここはどういう解釈なの?なぁんて聞けるわけでもなく、指揮者の誰もが、彼が残した楽譜をどう読み取る(解く)か。それぞれの指揮者の解釈によって、同じ曲とは思えないくらい多様に変化するのが、第九の魅力というものなのだろう。ほぼ毎年歌っていると、それがすごく感じられる。師走には、全国で100回以上も第九演奏会が開催されていると聞くが、私と同じ、そんな深い「第九の魅力」に嵌まった人がそれだけ多い、という表れなのかもしれない。
 
堀俊輔先生は、巨匠秋山和慶先生の第九演奏のときだけ合唱指導をされる「合唱成功請負人」である。その指導も、顔も、とても厳しい(失礼っ!)。
私たちの合唱団は、歌っている側の私が言うのだからほぼ間違いはないと思うが、最初は箸にも棒にも掛からぬようなレベルだった。成功請負人の立場としては、きっと胃が痛かったに違いない。そんな私たちを堀先生は、毎回、厳しくありながらも関西人ならではのボケを随所に盛り込みながら、12月9日の本番まで導いてくださった。本当に感謝の言葉しかない。
ただ、歌のレベルがまあまあになったとしても、最後に足りないのが、どうも私たちの表情らしい。真面目に真剣に歌うほど、表情が固くなるのが私たち素人の特徴である。当然、「歓喜」感も表現できていない。
 
そんな私たちの前に、“モーツァルト頭”の登場である。
いつもは輝きを放つ頭上が、白いもしゃもしゃのカツラですっぽりと覆われ、その下に、普段でも睨んでいるように見える鋭い眼光が・・・
そのアンバランスさに、一瞬にして緊張がほぐれ、全員大爆笑。
本番で舞台に上がってからも、思い出し笑いをこらえるのに必死。おかげで、睡魔に襲われる第三楽章も目がランランとして難なくクリア。最後まで笑顔で「歓喜の歌」を歌い上げることができた。
 
私が第九に魅力を感じるのは、こんな素敵な先生に会えるから。
素人が取り組むにはかなり難度の高い曲だけに、本気で向き合ってくださるプロの指導が必要だ。
たった数ヶ月で「モノ」になるレベルに仕上げていくために、どんな心持ちで向き合おうとしてくださっているのか。
それを考えながらの緩急取り入れた指導、合間に挟むベートーヴェンやドイツの話、ご自身の体験話・・・。
人として、そして一つの道のプロとして、歌うこと以外に教えていただけることがたくさんある。
 
堀俊輔先生、ありがとうございました。
また、第九が好きになりました。