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葵太夫の姿が見えると、集まった約40名の皆さんからは、ほおぉ・・・といったため息が漏れた。

倉敷市児島唐琴のたたみべり会社、高田織物株式会社さま。

その敷地内にある休憩施設「スクエア」で、京都嶋原の末廣屋・葵太夫が地元の皆さんと交流した。

タイムリーなことに、高田社長が山陽新聞賞を5日前に受賞、太夫からの祝の舞サプライズプレゼントがあり、会場に集まった皆さんは優雅な姿に酔いしれた。
 
 

きっかけは昨年夏の西日本豪雨災害。

一昨年からご縁が出来た司太夫・葵太夫から「岡山を元気づけたい」との声援をいただき、チャリティーディナーショーを開催することに。

そのとき「岡山らしいショーに」との依頼から、【児島帯】の素材で太夫の正装帯・丸帯を製作させてもらった。

その姿で皆様の前で芸能を披露いただいた。

その時の収益は、被災地・真備町の図書館蔵書購入資金にと、ご寄付いただいている。
 
 

硬すぎず、柔らかすぎず、締め心地バツグン、柄も斬新とのことで、葵太夫は丸帯児島帯を気に入って、京都でもお座敷で使ってくださっている。

この度、お気に入りの【丸帯児島帯】の生まれ故郷を訪ねるという企画で、素材の一つたたみべりの会社訪問となった。
 
 
【児島帯】は、たたみべり、デニム、真田紐を組み合わせて作られている。

帯には今まで使われていなかった繊維だが、これらはすべて岡山を代表する繊維産業たちだ。

たたみべりはすでに150年の歴史がある。
 
 

「太夫とたたみべり」「文化と産業」これらは全く別の分野のようだが、私は多くの共通点があると思っている。

その中で注目すべきところは、どちらも「日本の文化を守る」使命を背負っていること。

400年以上前からある太夫文化だが、現在は5名。太夫を知る人も少なくなり、太夫文化そのものが存亡の危機だ。

たたみべりも、生活スタイルの変化で純日本家屋が減り、従来通りの使い方は激減している。

でもこの両者、どちらも日本の大切な文化の一翼を担っている。

どちらもが良いかたちで後世に伝えていくためには。

伝統文化の太夫衣装に産業を取り入れる、日本建築資材の産業が伝統文化の世界に挑戦するといった、今までにはなかった「融合」で、古くて新しい世界がここに生まれた。
 
 

児島繊維産業には、その可能性を秘めた繊維がまだまだたくさんある、と私は思っている。

産業も太夫も、そして私も、まだまだ挑戦の日々は続く。