清潔な着方 ~恩師の言葉に学ぶ~

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恩師に最後に会ったのは、2年前のは10月。大学の同級会だった。

 

卒業してから20年以上が経つ。もう一度先生の講義が聴きたいなあ、というみなの声が上がり、幹事の一人として先生との日程調整、その他計画をし、奈良・元興寺でそれを実現、あとは市内の見学と説明までお願いし、夜の宴会まで楽しく懐かしい時間を過ごした。

 

数年前まで恩師は、カルチャー講座の講師をされていたので、毎月来岡していらっしゃった。講座が終わる頃を見計らってお迎えに行き、そのあといつも楽しいティータイムを過ごさせてもらった。いつも着物を着て行ったせいか、カルチャー職員のかたもすっかり私を覚えてくださり、「今日は熱弁でお話が長引いてますが、もう少しで終わりますからね」などと声をよくかけてくださったものだ。

 

講座が終わり、待合室にいる私を見て恩師はニコッと笑い、ある日このように言ってくださったことがある。

 

 「あんたの着物は、清潔な着方やなぁ〜。」

 

 着物の着方に、清潔という言葉は新鮮だった。綺麗だとかきっちりだとか、そういう言葉はよく使われるが、恩師が言いたかったことは、それとは違っているように感じた。でもそのときの私は、あまりその意味がよくわからなかった。でも、なんとなく褒められたんだという嬉しさで、ふわっとした喜びに包まれていた。

 

 2年前の同級会は洋服で参加した。幹事でバタバタするから、とか、次の日台風が迫っていて悪天候が予想されたから、とか、何かそんな理由で着物を選ばなかったような記憶がある。実際次の日は大型台風の影響で、帰省すら難しくなり、一泊二日の同級会は早朝に解散、早々にみな、帰路に着いた。

 

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あの日恩師は私を見て、またいつものようにニコッと笑い、「今日は着物やないんなやー」とおっしゃった。いつもは着てるんですよ、とお答えすると、「うんうん、あんたの着方はようわかる。」

 

それが個人的に、そして着物の話をした最後になった。今になったら、もう一度着物姿を見ていただきたかった、という思いと、でも、わかってる、とおっしゃったその言葉に、力強い応援を今もいただき続けている思いと、いろんな思いが交錯する。

 

その3カ月後突然、お別れの日を迎えた。

 

 最後に着物でお会いしたのはいつだったか…全然思い出せない。毎月お会いするのは、私にとってはあまりにも日常で、あとで振り返ってみたらただの一枚も一緒に写真を撮っていなかった❗️  でも、そんなふうに自然に恩師と会い、会ってくださっていたことの幸せ、今さらながら恩師の深さ、大きさに感謝している。

 

告別式では、恩師の奥様、お嬢様、お嫁様の喪服着つけをさせていただいた。心を込めてお着付けした。

 

 先生、これが先生が褒めてくださった「清潔な着方」です。その言葉を胸に、大切なご家族さまをお着付けさせていただきました。その言葉を大切にして、今まで精進してきました。いかがですか?

 

これからも、「清潔な着方」を私の目指す着物、と心に刻んでいく。

 

 恩師とのもう一つの約束、2年に一度同級会を開催する、その2年目がまたやってきた。
今月、その約束を果たす日がもう直ぐ来る。
先生の懐かしい姿をDVDで見ながら、追悼会を兼ねた会をする予定だ。

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2 Comments

  1. 言葉の神様になりたい

    「清潔な着方やな~」・・・素晴らしい言葉ですね。
    こんな言葉が挨拶の始まりで飛び出してくるなんて・・・凄い先生ですね。
    これ以上の表現は,作家にもできないですよね。

    • kimonoterrasse

      素晴らしい恩師でした。
      ~みんな和やかになればいい~ そんな言葉も残していらっしゃいます。
      先生の最後は、ご家族といつものように朝食をとり、そのあと少し経って前かがみになって・・・本当に眠るように逝かれたそうです。
      「清潔」なのは先生ご自身だったように思います。
      これからも、いただいた言葉を大切に、その言葉に相応しく生きたいと思っています。

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