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海辺の集落で一人暮らす義母の家は、この季節とても賑やかになる。ツバメがやって来るからだ。軒下や車庫の天井は、さながらツバメ団地と化している。
「この巣は昨日ヒナがかえった。小さい小さい声が聞こえるんよ」
「ここは新米じゃ。じーっとしとるからタマゴ抱いとるんじゃろ」

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昔はこの義母の話が辛かった。子どもに恵まれないことを、暗に責められているような気がした。
私たちが結婚することになったころ、義母は近い将来「おばあちゃん」になるのをとても楽しみにしていた。早くに義父と死別しただけに、その思いは格別だっただろうことは、あのころ、まだ世間しらずだった私にも容易に感じることができた。
が、なかなか恵まれない。それから今に至るまで、こんな優しい気持ちで義母とツバメの話をできるようになるまでには、それ相当の年月を重ねてきた。重ねたからこそ言えることがある。
『誠心誠意向き合う』
定期的に足は義母の元に向けていても、心はいつも逃げていた。たわいない話の中の、ほんの少しの負の要素を大げさにピックアップし、勝手に傷ついていた。それが身体に異変を起こし、心も行き場を失い…。結婚なんてしたからこんなことになったんだ。しないでもいい苦労をして、何になるんだ。あのころの私は、交通事故に遭い心身ともに自分をコントロールできなくなっていたことも重なって、ずいぶんひどい有り様だった。義母からだけでなく、自分からも逃げるとこんなことになるのか…と落ち込み、やがてどん底から少し浮き上がりかけたころ、その姿を見て自分で笑いが込み上げてきたのを覚えている。
それからしばらくして、大げさな言い方だが、覚悟を持って義母と向き合い、二人でじっくり話をした。それからすぐ、とはいかなかったが、ゆっくりゆっくり時が解決してくれ、今に至っている。
今の私がいるのは、義母に苦労させられたから(笑)と、感謝を込めてそう思っている。口が立つ義母の言葉は、想像を絶することも度々あるが、今はそれが表現豊かで面白い発想だなと思ってすべて笑って聞いている。そしてもう一つ、大きな発見をした。
『義母はとても愛情が深く優しい』
ツバメは複数のヒナがかえると、より強いヒナを確実に育てるため弱いヒナを巣から突き落す。むごいようだが、それが自然界の宿命だと小学校のころ習った。が、義母は自然界のオキテに逆らって、そのヒナを巣に戻しているというのだ。80歳をとうに超えているのに高いハシゴをかけて。「何とか親がもう一度気持ちを変えてくれんか、それとも別の親が育ててくれんかと思うて。」との話には驚いたが、あぁこれが親心なのかな、とも感じた。これだけ愛情の深い母に育てられたから、夫も愛情深い人に育ったんだなと思うと同時に、今私もこの義母の元で、愛情深く育ててもらっているんだ、とつくづく感じた。
家族になる、とはこういうことだな、と思う。
私は今、ご縁結びのサポートをさせていただいているが、結婚したいといいながら、結婚することに不安を感じているかたは多い。お嫁さんに行って、お相手のご両親ご兄弟、親戚の皆々様に両手を上げて大歓迎される、なんてことは想像していないだろうが、少しでも負と感じることがないほうが、誰だっていいはずだ。今の実の親御さんが、ご自身の一番の理解者で、一番良いに決まっている。だけど考えてほしい。結婚によって、実はそんな理解者である親を、自分はもう一人あるいは一組持つことができるのだと。そうなるまでには、不器用だった私にはたくさんの時間がかかった。でもその時間は決して無駄ではない、と胸を張って言える。いろんなことを考えた。悩んだ。しんどかった。それはすべて「自己成長」に繋がって いる。
ツバメは愛情を持って自分の子の幸せを考えているのだと思うが、人間も同じだ。成長しようとしている子を、簡単には見捨てない。苦しんでいることは親もわかっている。結婚というカタチで親子になった場合、何かしらの遠慮があるだろうが、義理の親御さんは、懐に飛び込んで来るのを待っている。自身の味方、応援団になってくれる人を増やす、というのが結婚、と考えたら、こんなに素晴らしいスタイルはない。
今、穏やかに二人でツバメの巣を見上げている、結婚20年キャリアが語る心境だ。