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梅雨がまだすっきりと明けないこのころ。
急な雨が降りそうな日、活躍するのは「交織のきもの」だ。
いわゆる“洗えるきもの”。
今の時代は、さまざまな化学繊維が開発されており、ちょっと見ただけでは絹との差がわからないほどの上質なものがある。
やっぱり絹が良いとか、交織が手軽だとか、それは着る人が選べばよいこと。
今は選ぶことができる。それだけでも、きものはお手軽なものになったように感じる。
 

月二回のレッスンに、とても品の良いマダムがいらっしゃる。
いつも洋服で来られて、帯だけのレッスンを希望される。
お持ちの帯は、格の高いものだったり作家ものだったり、さすがだなと思う逸品ばかり。
そのマダムが先日、夏の着物でお見えになった。
涼しげな風合いは、沖縄の芭蕉布と思わせるような・・・・。
「洗えるきものなのよ。ふふふ、、」とマダムはいたずらっぽく笑った。
 

「とても安かったし、“最近の” きものを着てみたくって、、」と。
確かによくよく見れば、絹か交織かその違いはわかるが、きものを着ることを心から楽しみ、遊び心で選んでいることが、どんなものでも着こなしてしまう “ゆとり” の雰囲気を作っているのだなと思った。
 

きものを “着ること” と “着こなすこと” の違いだろう。
着る人の雰囲気で、きものは生きる。
きものを生かす着方が “着こなし” である。
「あの人が着るとなんでもよく見えるね。」よく耳にする言葉であるが、マダムは自然体でそれを実践していた。
 

「あら、実は私も今日、洗えるきものを着てきたんです。」
そう話すと、他のみなさんが「えーっ!」と言って、一斉に私の着物の手触りを確かめていた。
 

ふふふ・・・マダムとにっこり笑い合った。