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注意力のないのは昔からで。きもののお手入れしていて、自分自身に相当驚くことがあった。「こんなところに食べこぼしのシミが!」「引っ掛けてほころんでいる!」などなど、一人で騒いでいる。初めのころは、着ることに必死で、着ることが嬉しく、自分がどんな動きをしているのか、まったくわかっていなかった。わかっていないから、とんでもないところにシミが出来ている。とんでもないところが汚れている・・・。“きものを着たら汚れるから、あとのお手入れが大変だから着ない”・・・こんな声を聞いたことがあるが、まさにその人はあの頃の私と同じだろう。

でも、ご心配なく。こんな不注意な私でも、時間と回数がそれを解決してくれた。“慣れたら滅多に汚さない”ことが分かったのだ。それは、きものを着たときの“所作”を自分なりに追及していくことで、かなり変わってきたように思う。

とにかく美しく見えるように動こう。美しい動きには無駄がない。無駄がないと無駄に汚れない。その動きに慣れたら、着姿も動きも美しい、まさに一石二鳥。しかも、しみ抜きという無駄な出費も不要、一石三鳥。(←こんな言葉はありません)

面白いことに、汚した時はすぐ気が付くようになる。自分の動きがスムーズでないときには、特にわかりやすい。動きの結果が汚れ、そう思うと“シミ”にもかなり納得できるようになった。

今、お手入れでは“天地替え”をお願いすることが増えた。きものをほどき、裏についている八掛を位置をずらして付け替えてもらうことだ。きものを長年着ていると、裾部分が傷んでくる。そのため、きものを仕立てる時には、表地を傷めないために、八掛を少し出して“ふき”という部分を作って仕立てる。一番下の部分がスレるから、そこが擦り切れてくるのだ。ふきが擦り切れる、ということは、そのきものをよく着たという証拠。20年経って、そんなきものが増えてきた。

注意を払っていたとしてもかかる、メンテナンス。
でもこういうお手入れは、まんざら悪くない。