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久しぶりに友人宅に泊めてもらった。
そこには先客がいて、友人の娘と一緒に玄関で私を出迎えてくれた。
私を見た途端、「OH~!KIMONO~!」と目を輝かせる。
韓国から来た17歳は、そのキラキラした瞳に、好奇心と“綺麗なもの”への憧れをいっぱい詰めて私を見ていた。
 
ほとんど日本語がわからず、友達同士では、片言の英語と通訳アプリを使ってのコミュニケーション。
それでも、箸が転がっても笑える年頃の女の子らしく、何を言っているのかお互いわかっているのかどうだか、というレベルで、楽しそうにおしゃべりを続けている。
 
話をしながらも、食事の時も、何となく着物が気になっている。
食事が終わったころ、「着てみる?」と日本語で聞いてみた。
 
ほとんどわかってないはずの日本語で聞いてみたのに、彼女は即答で「うん!」と答えた。
わかり合いたい気持ちの部分では、言葉は不要なのかもしれない。
あまりの素直さに、こちらも嬉しくなり、すぐに準備を始めた。
 
10分ほどで仕上げると、全身がうつる鏡の前にすっ飛んでいった。
嬉しそうに嬉しそうに、何度も前を向いたり後ろをのぞき込んだり。
七五三の子供のように。
 
日本の乙女たちに、このようなしぐさや、着物を着たときの感動が少し減っているような寂しさを感じていた。
が、彼女を見ていて、着物はこれだけの喜びを人に与えることができるものだ、とまた改めて思わせてもらった。
 
着替えたあと、彼女は私に“お礼”だと韓国のりをくれた。
彼女は一週間、日本で一人旅をしているらしい。
旅先でのいろんな出会いのときのために、大きな大きなスーツケースに、たくさんの“気持ち”を詰めてきているようだった。
ちょっとした親切、ちょっとした優しさ、それに触れたときに、言葉ができなくても表せる気持ちとして、自国を出るときに準備してきたのだろう。
 
「もらってあげて。」
友人の娘もまた、その彼女の気持ちがよくわかっているようだった。
 
国籍も言葉も関係なく、こんな友情がたくさん増えたら、良い世界になるだろうな、と思った。
“KIMONO”でまた、学ばせてもらった。