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体に感じた大きな揺れの震源地が、鳥取県中部だと聞き、急いでテレビをつけた。
そこには私の「心のふるさと」のひとつである街の、見慣れた建物の、壁が崩れ屋根瓦がずれている景色が映し出されていた。
その街には、大切な友人、大切な先輩、大切な人の眠る墓、そして懐かしい景色がたくさんある。
22年前の自分の故郷の姿と重なった。
 
幸い知人の誰にもケガはないと言う。
家や職場の中はめちゃめちゃだが、食料や水も特に不足もないとのこと。
だが、自分の経験から、地震後に必要となりそうなものを持って、そして自身を守るものを持って2日後、私は街に入った。
 
友人宅は、割れたガラスや飛び出した食器・本などを片づけ、屋根にブルーシートをかけて少し落ち着いたところだった。
お互い会った瞬間、緊張した面持ちが、やっと和らぐ。
またそこで、嬉しい出会いがあった。
数年前に離婚した奥さんが、そこに来ていた。
元・家族を心配して来ていた。
 
彼女とは友人を通して親しくなった。家族ぐるみで付き合っていた。
が、離婚という道を二人が選んでから、彼女とは会う機会がなくなっていた。
ここでまた会えるとは。
 
離婚に至るまでは、・・・少し耳にもしているが、それはそれは辛いいきさつがある。
相手を憎むことも何度とあっただろう。
がそれは、相手のことを真剣に考えるからこそ起こるすれ違いもあるのだろう。
 
だからこそ、こんな時には真剣に心配出来るのだろう。
けがの功名と言ってよいのかどうかはわからないが、彼女の元・家族との自然な会話や振る舞いをみていて、一度出来たご縁はカンタンには切れないものなんだな、とそんなことを思った。
 
小一時間ほど居て、彼女は帰っていった。
以前の義母である友人のお母さんとも、まるで昨日も会っていたのかのように話をして。
私も、久しぶりに会話ができた。
別れ際、なぜかお互いに「またね」と言っていた。
 
また天災が来たら…という意味ではなく。
同じ時代に生きる者同士として、どこかでまたご縁がきっとあるだろう、とそんな予感を信じて。
 
人とのご縁は、思っているより、強い強いものなのかもしれない。