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満開の枝垂れ桜が、楽しそうに笑っているように見えた。
 
流派を越えて集まった皆々様の笑顔はふっくらと柔らかで、会話弾む和やかさに頬がちょうど、そう、桜色で。

笑顔と桜が見事に重なり、満開になっていた。
 

伺っただけでも、裏千家・表千家・速水流・池田治政公御流儀備前御家流・武者小路千家・遠州流・・・・・

茶道流派が一同に会したようなこの席は、一人の大先生のお声かけによって実現した。

昔、祖母にちょっと習った・・・だけの、どなたの社中でもない私が末席に加えていただけたのも、そんな広いお考えで会をひらいた先生あってのことだ。
 
お稽古していたときには、そこまで考えが及ばなかった。

「茶を愉しむ」とは。

今日のこの、皆さんの和やかさそのものだ、と胸にあたたかいものを感じた。
 
「極める」という意味では、流派にこだわるのも大切なことだと思う。

でも、着物着つけに関していえば、流派(というほどのものではないが)は後ろ結びと前結びくらいなものだ。

着るという行動に対して、単純にラクでささっと着衣できたら、それでいい。

着るのをためらうような面倒くさい手順だ、と思ったら、違う方法を試してみたらいい。
 
とにかく着物を着てみたら、それだけで、すごいことがわかってくる。

すごいものを感じられる。

そして着物姿で集まったら・・・そこには華やかで和やかな愉しさが待っている。

 

「着物を愉しむ」。

こんな感覚が私を含め、着つけに関する皆々様の心に宿れば、きっと世界は着物姿で溢れるだろう。

満開の桜のような笑顔が咲くだろう。

伝統の世界から、心を教わった。