今年も開店と同時に、(正確にはその10分前から)卒業予定の学生さんが、友人どうし連れだって展示会場になだれこんできた。毎年大学構内で開催する、卒業式袴の展示会初日。まだ5月、と思うだろうが、今の学生さんは就活に教育実習にと大忙しの毎日。実際卒業する3月はまだまだ先と思えるが、意外にそうでもない。今後のさらなる過密スケジュールに備えてか、また誰よりも可愛い柄のものを見つけたいという乙女ゴコロか、彼女たちは入場と同時に会場内に散らばり、品定めにキャッキャと可愛い表情を見せている。

昼を少し過ぎたころ、三人組のお客さんがいらっしゃった。祖母・母・娘さんのご家族だとすぐわかった。
最近はもう、お母さんと娘さんの二人連れでいらっしゃることは珍しくなくなった。展示会もそれを想定し、展示会日程に必ず土曜日を入れている。以前はサークルや学科の友達連れが中心だったが、いつの間にか来客の雰囲気も変わった。案外、親子の距離が近くなったのか、サークル活動離れの象徴なのか、時代なのか・・・長年、コーディネーターをさせていただいて、こういった流れの変化もまた、楽しみの一つと考えている。
その三代親子さんは、他のお客さんと比べて、入ってきたときから何か雰囲気が違っていた。当の本人はまったく自分で衣装を見ようとしない。お母さんと柔らかい表情で話をしながら、お祖母さんのあとをついて行く、といった感じだ。小柄なお祖母さんは、帽子を深くかぶり、表情はあまり拝見できないが、ゆっくりした歩調の中に、何かウキウキした雰囲気が感じられた。
あとでお話を伺ったのだが、お孫さんの成人式着物もお祖母さんが選んだのだと言う。今回も孫が私に選んでくれと言ってくれて、と本当に嬉しそうだった。同居している近しさだけではない。それ以上に、お祖母さんの人生で磨かれてきた審美眼や、正しいものを見極める、そんな業(わざ)をご家族は尊敬し、尊敬されている気概を持ってお祖母さんがご家族の中核にいる、そんな雰囲気が感じられた。
一枚の着物の前に立たれてそれを手にしたお祖母さんは、「これじゃ。」と私に合図した。とても晴れやかなとても優しいピンク色だった。試着された娘さんを見て、お祖母さんもお母さんも満足そうだった。
「よう、うつっとる(岡山弁で、似合っている)。」お祖母さんの満足そうなひと言で、10分少々で全てコーディネートが決まった。お母さんも娘さんも満足そうな顔で、手続きをされていた。
普段、着物を着ることが少なくなったからか、娘さんお一人では選びきれず、母娘で来店されるかたが増えたのだろう。かといってお母さん世代は必ずしも着物が日常の近い場所にあるとは限らない。このご家族はお祖母さんに絶対的信頼を置いて、その知恵をいただいているのだな、と役割分担というか、尊敬や信頼で繋がっているその関係性に、清々しさを覚えた。

聞けば、そのお祖母さんが選んだという振袖もレンタルだったという。 今は振袖のレンタルは主流になりつつある。成人式という着る機会から始まって、家庭に着物が根付いてほしい、着物の存在を日常の中に感じてほしい、と思っている私には、これは危機的状況とまで思えることがある。
いずれ着物はすべてレンタル、となる時代が来るかもしれない。そうなると家庭に着物そのものがなくなる。着物は親・子・孫と代々受け継がれる「文化」だと思う。受け継ぐモノが家庭からなくなったら、家族関係が変わってしまう。着物を通じてお祖母さんが孫に受け継ぐような話も消え、日本人としての大切なものが少しずつ失われてしまう。
そんな危惧を、いつも考えていた。
でも、この三代の親子は私の思う関係とは少し違った。
着物はすべてレンタルされている。だが、選ぶときは必ずお祖母さんの意見を伺う。それに、着る本人や家族は絶対的信頼を持っている。
ここには「文化」がきちんと受け継がれているようだった。
それぞれの家庭事情、家庭の考え方があり、今はそれに合わせて選択肢もある。いろんな形の文化継承があっても良いのかもしれない。
私は自分の固まっていた考え方を、少し恥じた。