「これ、おはしょりつくって着るんやろかなぁ。」温泉の脱衣所で友達に話かけるあどけない声に、私は思わず振り向いた。
中学生くらいの少女が数人、浴衣に袖を通そうとしている。その中で、背丈がこれから充分のびるであろう可愛いらしい少女が、大人サイズを羽織って笑っていた。

「おはしょり」は、女性が着物を着るときに、裾をたくし上げてできる部分だ。着物特有の専門用語といっていいだろう。そんな言葉を、このあどけない少女が何気なく口にした。周りの友達は、特に気にする様子もなく、話はまだ続いている。

「おはしょりって言葉を、よく知ってるね。」と少女に話しかけると、ちょっと不思議そうな顔をした。私の質問の意味に気付いた周りの友達が、「だってこの子んち、呉服屋やもん。」

あーなるほど、と感心した。日常の親御さんとの会話や大人が話している会話の中に、着物関連の用語がたくさん入っているのだろう。自然と耳にしているから、なんの違和感もなく彼女はこの言葉を覚えたに違いない。

彼女たちは京都の中学生で、テニスの合宿に来たのだという。いきなり知らない大人が声をかけても、屈託のない笑顔で受け答えする姿がとてもまぶしかった。

呉服屋の娘さんは微笑んでいるだけだったが、友達はなぜかちょっと自慢そうに、嬉しそうに彼女の家のことを紹介してくれる。きっとそれなりの店構えのお宅なのだろう。友達から見てもそれは少し羨ましいほどなのかもしれない。だってお店には、とても綺麗なものがたくさんあるから。

特に京都の女の子にとっては、着物はそう遠いものではないはずだ。もしかしたらちょうど十三参りもすませた、そんな年ごろだろう。歴史ある街に育ち、大人への自覚が芽生える年ごろの彼女たちにとって、着物は大人の女性へのあこがれか必須アイテムか、なにかそんな大きな意味があるのかもしれない。

最近は着物が家になく、持っていても親御さんもほとんど着ることがなく、核家族化でお祖母さんもいないから、着物の会話など皆無の家庭も多いと聞く。着物離れ、という言葉が生まれて久しいが、それも仕方ないことなのかと思っていた。ここにいる少女たちの家庭もそれに近しいものがあるかもしれないが、友達との会話の中に、こんな着物の専門用語が自然と出るって、なんて素敵な環境なんだろうと思った。

夏になれば浴衣の話をするだろう。呉服屋の娘さんは、うちで一緒に着ようと誘うのかもしれない。浴衣を皆で選び、着せてもらって夏のお祭りに行く楽しさは、とても良い思い出となるだろう。
お友達が少し自慢げに「だって呉服屋やもん」と言っていたのは、もしかしてもうこんな楽しい経験をしているからなのかもしれない。

こんなあどけない年ごろから着物への意識があれば、これから成人式、卒業式、結婚式、さまざまな行事があるごとに、彼女たちには「着物を着る」ことが当たり前になるのかもしれない。
それぞれのご家庭がどうであれ、友達関係で他の少女たちも自然と着物につながるのだ、と思った。

彼女たちに心を温めてもらった日だった。